今回も引き続きフランスのお話です。

フランスの名将、ナポレオン1世という人名は中学校のころの歴史の教科書にも出てくる有名な人物ですよね。

ワーテルローの戦いとは、1815年6月18日にイギリス・オランダ連合軍とプロイセン軍が、フランス皇帝ナポレオン1世が率いるフランス軍を破った戦いのことを指します。


ワーテルローの英語での発音はウォータールーとなり、ロンドンにもウォータールー駅があることはよく知られてますよね。

実は、この戦いはラ・ベル・アリアンスの戦いとも呼ばれていることをご存知でしょうか?

実はベルギーのラ・ベル・アリアンスを主戦場とした戦いだったのですが、イギリス・オランダ連合軍を率いるウェリントン公が司令部を置いていた近郊のワーテルローの名を取り、このように命名されたそうです。

ナポレオンにとっては最後の戦いとなったワーテルローの戦いの敗戦は、フランスにとっては屈辱的な戦だったともいえるでしょう。

逆に、イギリスやオランダにとっては自由を勝ち取った輝かしい勝利の歴史として、今でもイギリス・オランダ・ベルギーにはワーテルローやウォータールーという地名が残っているんですね。


そんな過去の歴史が今も引きずっているのかと思ってしまうことが・・・。

実は、フランスの高速道路のドーバーからパリまでの料金が、他の路線に比べて割高なんですよね。

イギリスとフランスを結ぶドーバートンネル(英仏海峡トンネル)には、ユーロスターという国際特急電車とが通っており、その他の渡り方としてはフェリーで車ごと渡るという二通りのパターンがあります。

フェリーでイギリスからフランスに渡るには、ドーバーからフェリーに乗りカレーにとかで下船し、高速道路を用いてリル経由でパリに入るのが一般的ですが、この区間の高速料金がどうも割高なんですよね。

私はいつもゲント・リル経由でパリに入りますが、距離そんな違わないのにこちらのほうが料金が安いです。多分、イギリス観光客を狙った料金設定かなとか思いますが、過去の歴史からワーテルローの戦いをクローズアップしてみると、この高速道路の価格設定に因縁のようなものを感じてしまいますよね・・・(笑)

ワーテルローは先ほどのワーテルローの戦いの話題にもでてきたように、ご存知ナポレオンが100日天下で負けてしまった戦いに関係のある地名です。

イギリスにとってはその後の覇権の決定打となった戦いで、フランスにとっては屈辱の戦いです。だから、フランス人はワーテルローという名前を特にイギリス人に呼ばれたくないはずです。実際、昔フランスの国会議員がクレームをつけたこともありました。

ついでにもうひとつ余談ですが、ワーテルローの戦いにおいて、実はドイツのプロイセン軍が劣勢にあったイギリス軍を助けてあげて勝利に導いたんですよね。

ところが、最終的にはこの戦の名前が実際の先頭地のラ・ベル・アリアンスではなく、ウェリントン公が滞在していたワーテルローに改められてしまい、ドイツ人にとってはまたもせこいイギリス人にはめられたという思いだと思います。実際、この戦いはラ・ベル・アリアンスの戦いと今でも呼ばれているそうですよ。


イギリス・フランス・ドイツ、そしてオランダという複数の国がかつて覇権争いをしていた一方で、今ではEUというひとつの傘の下にEU憲法というものでひとくくりにしようとしていますが、過去の歴史がもつそれぞれの国への思いはEU諸国のなかでも違うようで、これがなかなかEUの完全統合ができない原因なんだろうなと思います。


フォトアルバムにイギリスとフランスを結ぶフェリーが発着するフランス側の玄関口、カレーの街並みを少しUPしてみました。

こちらからご覧下さい。

(2007.11.03)

Google

【第12号】ワーテルローの戦いとフランスのいま